AM9:00~PM7:00
毎週水曜日
2018年02月04日
ブログ

2月8日(木)は針供養の日です

針供養とは、錆びたり曲がったりして使えなくなった針を供養する行事で、現在も各地の寺社で行われています。ご供養の仕方は、針を豆腐、蒟蒻、餅などのように柔らかいものに刺し、この日には針を使うことはせずに、裁縫の上達を祈るなどします。

事八日(2月8日)の夜には魔物がやってくる~針を供養し鎮める

2月8日と12月8日を『事八日(ことようか)』といいます。事八日は本来「忌み日」であり、行われる行事も「物忌み(ものいみ)」に関係することが多かったそうです。事八日の夜には魔物がやって来るとされ、軒先に目かご、ざる、ふるいなどを掲げたりする地域がありました。そして、事八日のいろいろな行事のうちで、現在まで続いているのが針供養です。以前には、この日に針に触れると祟りがあるとされ、供養してそれを鎮めていたのです。

針供養 西東京市で検索すると‥阿波洲神社(西東京市新町)

阿波洲神社には、西東京市指定文化財第四十号 奉納絵馬群(ほうのうえまぐん)があり、案内板の中に針供養のことが記載されています。

阿波洲神社は宝暦二年(一七五ニ)粟嶋明神として勧請されました(別当寺『寶晃院文書』)。江戸時代中期の明確な創建年次を持つこの神社は、享保九年(一七ニ四)から開発が始まる武蔵野新田の一つ、上保谷新田の鎮守神として祀られました。粟嶋明神が表記を阿波洲神社にに代えたのは明治以降ですが、祭神に変更はありません。
 粟嶋明神は紀伊の国(和歌山)加太浦の淡島明神を総社としており、祭神は女神の頗梨采女(はりさいじょ)と粟=淡にちなんで日本神話に登場する少彦名命(すくなひこなのみこと)でした。江戸時代江戸浅草の浅草寺境内に祀られた淡島明神が女性の人気を呼んで信仰されたように、上保谷新田の粟嶋も、拝殿前の鈴(れい)に下がる五色の紐を切って安産の腹帯にする習俗や、女性たちの針供養・捨雛が行われていました。指定文化財となった二十一枚の絵馬のうちには、子さずけや安産、婦人病平癒などを祈願したとみられる「夫婦拝み」など四枚があり、庶民的な図柄では「大工職人」、秋の「祭礼」、おそらく上保谷村如意輪寺の馬駈け市に出かける道中の「飾り馬」などがあって、信仰心意の種々相と、当時の習俗を伝える貴重な資料となっています。
 こうして阿波洲神社は、女神の特徴や庶民信仰の側面を持ちながらも、新田とはいえ独立した一村の鎮守神であったことから、その年中行事は豊耕神の少彦名を祀る神社として、全て村の農作の豊饒を祈念する儀礼でした。

(西東京市教育委員会)

東京の針供養では浅草寺(台東区浅草),鐵砲洲稲荷神社(中央区湊),正受院(新宿区新宿),森厳院(世田谷区代沢)でご供養が行われます

浅草寺:針供養会(淡島堂) 東京都台東区浅草2丁目3番1号

鐡砲洲稲荷神社:針供養 東京都中央区湊1-6-7

正受院:針供養 東京都新宿区新宿2-15-20

森厳院:針供養会(淡島堂) 東京都世田谷区代沢3-27-1

arrow_upward